和歌と俳句

釈迢空

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ふり仰ぐ こぬれ 木末のやどり木や。雪ぞら いよよ 曇り来にけり

山深く 雪のふる日に 来ることも、思へば、ひさし。人遠くして

遠つ丘脈の梢を わたる 風ならし。音としもなく 聴きのかそけさ

こがらしの林の上に 浮ぶもの。冬枯れ色の 草山の丘根

冬深く 山は、ものげのなかりけり。いで湯も、今は ひえてゐにけり

さ夜ふかく 月夜となりぬ。山の湯に、めざめて聴けど、われ一人なる

雪のうへに、戸矢を出で来し 大き顔。ものを 瞻るらしき 鶏のつぶら目

雪霽れて、山の木草の うち白む このも かのもに 見覚えのある

庭芝のいきれ くるしき 砂のうへに、いとどはむれて 出で居たりけり

暑き日を 幾たびか 湯にくだり来て、いよよ 疲るる身を思ひ居り

うつうつに 疲れて居たり。鳥おどす 湯の山裏の 鉄砲の音

山峡の残雪の道を 踏み来つる あゆみ久し と思ふ しづけさ

水脈ほそる 山川の洲の斑ら雪。かそかに うごく ものこそあはれ

ひたぶるに 磧の路をあゆみ行く ひくきこだまは、われの跫音

せど山も 向つ峰も 見えわかれ居り。残雪の明り 色沈みつつ

背戸山のそがひに、いまだ 雪かたき 信濃の国を 心に もちつつ

見えわたる山々は みな ひそまれり。こだまかへしの なき 夜なりけり

夜まつりの こだまかへさぬ この夜かも。山々の立ち しづけかりけり

鬼の子の いでつつ 遊ぶ 音聞ゆ。 設楽の山の 白雪の うへに