和歌と俳句

山上憶良

たらちしの母が目見ずておほほしくいづち向きてか我が別るらむ

常知らぬ道の長手をくれくれといかにか行かむ糧はなしに

家にありて母がとり見ば慰むる心はあらまし死なば死ぬとも

出でて行きし日を数へつつ今日今日と我を待たすらむ父母らはも

一世にはふたたび見えぬ父母を置きてや長く我が別れなむ

世間を厭しと恥しと思へども飛び立ちかねつ鳥にしあらねば

大伴の御津の松原かき掃きて我れ立ち待たむ早帰りませ

難波津に御船泊てぬと聞こえ来ば紐解き放けて立ち走りせむ

慰むる心はなしに雲隠り鳴き行く鳥の音のみし泣かゆ

すべもなく苦しくあれば出で走り去ななと思へどこらに障りぬ

富人の家の子どもの着る身なみ腐し捨つらむ絹綿らはも

荒栲の布衣をだに着せかてにかくや嘆かむ為むすべをなみ

水沫なすもろき命も栲綱の千尋にもがと願ひ暮らしつ

しつたまき数にもあらぬ身にはあれど千年にもがと思ほゆるかも

若ければ道行き知らじ賄はせむ黄泉の使い負ひて通らせ

布施置きて我れは祈ひ祷むあざむかず直に率行きて天道知らしめ

士やも空しくあるべき万代に語り継ぐべき名は立てずして