たらちしの母が目見ずておほほしくいづち向きてか我が別るらむ
常知らぬ道の長手をくれくれといかにか行かむ糧はなしに
家にありて母がとり見ば慰むる心はあらまし死なば死ぬとも
出でて行きし日を数へつつ今日今日と我を待たすらむ父母らはも
一世にはふたたび見えぬ父母を置きてや長く我が別れなむ
世間を厭しと恥しと思へども飛び立ちかねつ鳥にしあらねば
大伴の御津の松原かき掃きて我れ立ち待たむ早帰りませ
難波津に御船泊てぬと聞こえ来ば紐解き放けて立ち走りせむ
慰むる心はなしに雲隠り鳴き行く鳥の音のみし泣かゆ
すべもなく苦しくあれば出で走り去ななと思へどこらに障りぬ
富人の家の子どもの着る身なみ腐し捨つらむ絹綿らはも
荒栲の布衣をだに着せかてにかくや嘆かむ為むすべをなみ
水沫なすもろき命も栲綱の千尋にもがと願ひ暮らしつ
しつたまき数にもあらぬ身にはあれど千年にもがと思ほゆるかも
若ければ道行き知らじ賄はせむ黄泉の使い負ひて通らせ
布施置きて我れは祈ひ祷むあざむかず直に率行きて天道知らしめ
士やも空しくあるべき万代に語り継ぐべき名は立てずして