和歌と俳句

飯田蛇笏

白嶽

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うつぶせに落椿泛く山泉

水底に仰向きしづむおちつばき

花よりも水くれなゐに井手の木瓜

鐘樓より蜂は大嶺へ春の空

清水港富士たかすぎて暮の春

かもめたかくかけりて船渠暮の春

植木市春ゆく風の吹きすさぶ

山祭すみたる夜半のはつ蛙

うつうつと大嶽の昼躑躅さく

鳥啼きて湖はしろがね春の嶽

すみれ咲く風にむせびて針葉樹

蔓萌えて澤池の雨に蝌蚪澄めり

道はるか高原の桑芽ふきそむ

棚田うつ一人に塊もささ埃り

芝ひたす水きよらかに土筆萌ゆ

深山の月夜にあへる蝉しぐれ

派手ゆかた着はえて吾子が病臥かな

終焉をこころに蚊帳をつる身かな

蚊帳をつる手のなにがなし眼をふきぬ

妹が腹すこし身にふり更衣

蠅とびて鮎をはしらす簗の水

霧に樅の鳴禽尾を垂りぬ

向日葵に青草の香のたちにけり

高原の眞夏をゆけば嶽隠る

亡き子おもふ夏を深山の遠けむり

ゆかた着のこころにおもふ供養かな

夏至の花卉夜は汐騒の遠かりき

花卉ぬるる磯園ゆけば夏つばめ

蘇鐡ぬれ覇王樹花をひらきけり

高浪もうつりて梅雨の掛け鏡

燈台に薄明の汐梅雨の暁

魚籃かつぐ天津の乙女梅雨げしき

夏雲に日々登高をおもふのみ

己が香の湯治ゆかたにほのかなる

春百花しづまれる世の薄暮光

病院の夏雨つよく花卉にふる

病院の梅雨の貯水池あをみどろ

派手ゆかた着て重態のいたましき

楡青葉窗幽うして月も病む

夏真昼死は半眼に人を見る

なみだ涸れ吾子ねむりつづ夏日昏る

妻そむき哭くバルコンの夏日昏る

夏日灼け死は鉛よりおもかりき

子は危篤さみだれひびきふりにけり

終焉の夏暁の冷えをわすれえず

夏月黄に昇天したる吾子の魂

ふた親のなみだに死ぬ子明けやすし

梅雨さむき吾子の手弥陀にゆだねけり

ちちははをまくらべにして梅雨

泣きあゆむ靴炎天におとたてぬ

梅天の靈にのぼりて香一縷