広き道一筋夏の園に在り
蟇の居る石に玉巻く芭蕉かな
師僧遷化芭蕉玉巻く御寺かな
箏の前に人ゐずなりぬ若楓
棕櫚の花句作につけて見る日かな
田植すみて東海道雨の人馬かな
雑談も夜涼に帰せり灯取虫
灯取虫燭を離れて主客あり
灯ともせば早そことべり灯取虫
舟べりにとまりてうすき螢かな
寝し家を喜びとべる蛍かな
蛍追ふ子ありて人家近きかな
翡翠去つて人船繋ぐ杭かな
福を待つ床の置物夏座敷
今日の日も衰へあほつ日除かな
心中の屍つつむ土用浪
茣蓙取れば青き祭の畳かな
我心或時軽し罌粟の花
うき草のそぞろに生ふる古江かな
蟻の国の事知らで掃く帚かな
清水のめば汗軽らかになりにけり
汗をたたむ額の皺の深きかな
月空に在りて日蔽を外しけり
日蔽の繪様やものの半なる
川向ひ皆日蔽せし温泉宿かな
昼寝客起すは茶屋の亭主かな
緑蔭清泉一人立ちたる裸かな
紅袍の下に袷の古びかな
袷著て袂に何もなかりけり
麦笛や四十の恋の合図吹く
涼しさは空に花火のある夜かな
浴衣著て老ゆるともなく坐りけり
生涯の今の心や金魚見る
恋さめて金魚の色もうつろへり
露の幹静かに蝉の歩き居り
菖蒲葺いて元吉原のさびれやう
祭舟装ひ立てて山青し
槇柱に清風の蠅を見つけたり
胡瓜歯に鳴り友情面にあり
避暑人に電燈這ひともる翠微かな
船にのせて湖をわたしたる牡丹かな
紫陽花や田舎源氏の表紙裏
蚊帳吊りて草深く住み果つるかも
夏草に下りて蛇うつ烏二羽
葭戸はめぬ絶えずこぼれ居る水の音
白扇や漆の如き夏羽織
夏の月皿の林檎の紅を失す
菖蒲剪るや遠く浮きたる葉一つ
傾きて太し梅雨の手水鉢
夕鰺を妻が値ぎりて瓜の花
島と陸延びて逢はずよ雲の峰
我を指す人の扇をにくみけり
玉蟲に殖えて淋しき衣裳かな
石一つ震ひ沈みゆく清水かな
夏痩の頬を流れたる冠紐
寝冷せし人不機嫌に我を見し