和歌と俳句

原 石鼎

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檻に黒く熊一塊の月夜かな

浪一つ起きる暗さや群千鳥

ひくや薄日の中に切れてゆく

切口へ日あたるや切り落とす

指の先濃くも汚れて桜炭

枝炭と広く汚れし掌

踝高く爪の厚さや焚火翁

水鳥やマントの中のふところ手

寺の子に鴨の羽ほしき霜夜かな

朴の月霜夜こころにくもりけり

うたれ雉子を灯によせて見る夜かな

雪雫五色はなつて落つもあり

寒月やわれ白面の反逆者

さらさらと神明市や風の中

外し買ふ注連の長さや年の市

大松の二もとの闇や年の市

青空に鴉羽ひろし年の市

除夜の鐘この時見たる星の数

山茶花や蕋開きたる小半日

山茶花の花よれよれの小春かな

麦の芽に土塊遠き小春かな

遠浅の底のしゞまや小春池

波たてゝ沖の青みや小春池

なだらかに崖裾流れ道落葉

今沈む日のわたり居る落葉

山越えて日の渡り居る落葉

や富士を歪めて昼の空

木枯に日はありながら庵の木々

冬の日の杉の緑にふるゝ時

嘴の上の眉目や木菟の冬

木菟なくや月の大路に轍あと

山遠く映らぬ池や枯柳

葛城の雪は斑や枯柳

花枇杷に沈む日陽矢の長々と

青空に一さきの星や枇杷の花

枇杷の花ちりて大地の光りかな

たそがれていよいよ青し枯野空

夕暮れて富士おそろしき枯野

笹鳴のとぶ金色や夕日笹

焚火強し地を隔ててもゆる藁

煙空に星も思はぬ焚火かな

北方に北斗つらねし焚火かな

千鳥仰ぐ眉あはれしる焚火かな

夜焚火に焔落して神は嶺に

庭に干す蒲団の上や雪の富士

火花散りし炭火の綾も霜夜

光芒の中に星あり冬の月

天つ日と我とまつはる枯野かな

氷上や雲茜して暮れまとふ

氷上やわが口笛の哀しくて