和歌と俳句

加藤楸邨

生れたる蝉に朝青き海ひろがる

咳けば目に曼珠沙華来てそこに燃え

葉鶏頭月出で四五歩宙にあり

冬木すこやか業火の傷のもりあがり

吹雪見る鉛筆ばかり磨ぎすまし

伏目して少年がきくきりぎりす

毛糸編むその背呼ばるる期待満ち

ペン先に小さき陽炎生みつつ書く

野火消えてしまひぬ眼底にて燃やす

冬川の杭切る肋もりあげて

癒えよとてくれし牡蠣くふ癒えんとし

凭れたる冬木我よりあたたかし

月面にありあらあらと冬の薔薇

鼻曲る乾鮭を見き鼻撫でて

深雪の菜を洗ひゐし背が立つ

墓一群「三月十日歿」と雪に

茶たて虫俤はやや遠くなる

病床にゐてもうすうす日焼の肩

薔薇を去りうしろどこかがうらがなし

白桃に翳す影わが罪深からむ

野に向きて口あけば見ゆ桐の花

酔は言に悲しみは目に紫蘇匂ふ

税の重さよ夢の遠さよ今年竹撓ふ

爪にさす梅雨夕焼の寂寥を

新藁を焚く火に据はり卵二つ