北原白秋

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はるすぎて うらわかぐさの なやみより もえいづるはなの あかきときめき

くさばなの あかきふかみに おさへあへぬ くちづけのおと たへがたきかな

わかきひの もののといきの そこここに あかきはなさく しづこころなし

ゆふぐれの とりあつめたる もやのうち しづかにひとの なくねきこゆる

ゆく春の 喇叭の囃子 身にそ染む 造花ちる 雨の日の暮

ああ笛鳴る 思ひいづるは パノラマの 巴里の空の 春の夜の月

美くしき 「夜」の横顔を 見るごとく 遠き街見て 心ひかれぬ

薄暮の 水路に似たる 心あり やはらかき夢の ひとりながるる

そぞろあるき 煙草くゆらす つかのまも 哀しからずや わかきラムボオ

けふもまた 泣かまほしさに 街にいで 泣かまほしさに 街よりかへる

やはらかき かなしみきたる ジンの酒 とりてふくめば かなしみきたる

ナイフとり フオクとる間も やはらかに 涙ながれし われならなくに

にほやかに 女の独唱の 沈みゆく ここちにかなし 春も暮るれば

ウイスキイの 強くかなしき 口あたり それにも優して 春の暮れゆく

かくまでも 心のこるは なにならむ 紅き薔薇か 酒かそなたか

すずろかに クラリネツトの 鳴りやまぬ 日の夕ぐれと なりにけるかな

にほやかに トロムボーンの 音は鳴りぬ 君と歩みし あとの思ひ出

和歌と俳句