北原白秋

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韮崎の 白きペンキの 駅標に 薄日のしみて 光るさみしさ

柿の赤き実、旅の男が気まぐれに泣きて去にきと人に語るな

たはれめが 青き眼鏡の うしろより 朝の霙を 透かすまなざし

日も暮れて 櫨の實採の かへるころ 廓の裏を ゆけばかなしき

猫やなぎ 薄紫に 光りつつ 暮れゆく人は しづかにあゆむ

水面ゆく 櫂のしづくよ 雪あかり 漕げば河風 身に染みわたる

わが友は 仁木の顔に 面あかり さしつけながら 花道をゆく

手にとれば 桐の反射の 薄青き 新聞紙こそ 泣かまほしけれ

山羊の乳と 山椒のしめり まじりたる そよ風吹いて 夏は来りぬ

指さきの あるかなきかの 青き傷 それにも夏は 染みて光りぬ

草わかば 黄なる子犬の 飛び跳ねて 走り去りけり 微風の中

草わかば 踏めば見も世も 黄に染みぬ 西洋辛子の粉を 花はふり撒く

こころもち 黄なる花粉の こぼれたる 薄地のセルの なで肩のひと

草わかば 色鉛筆の 赤き粉の ちるがいとしく 寝て削るなり

夕されば 棕梠の花ぶさ 黄に光る 公園の外に 坐る琴弾者

田舎家に 中風病みの わが小父が 赤き花見る 春の夕暮

きさくなる 蜜蜂飼養者が 赤帯の 露西亜の地主に 似たる初夏

あまつさへ 赤き花ちり 小馬嘶く 農家の白日に なげき入りぬる

ほそぼそと 出臍の小児 笛を吹く 紫蘇の畑の 春のゆふぐれ

太葱の 一茎ごとに 蜻蛉ゐて なにか恐るる あかき夕暮

和歌と俳句