北原白秋

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あひびきの 朝な夕なに ちりそめし 鬱金ざくらの 花ならなくに

サラダとり 白きソースを かけてまし さみしき春の 思ひ出のため

さくらんぼ いまださ青に 光るこそ 悲しかりけれ 花ちりしのち

青き果の かげに椅子よせ 春の日を 友と惜めば 薄雲のゆく

酒注げば 黄なる薄雲 桐の木の 木の間に見えて 夏は来にけり

かなしげに 春の小鳥も 啼き過ぎぬ 赤きセエリーを 君と鳴らさむ

燕、燕、春のセエリーの いと赤き さくらんぼ啣え 飛びさりにけり

ああ五月 蛍匍ひいで ヂキタリス 小さき鈴ふる たましひの泣く

金口の 露西亜煙草の けむりより なほゆるやかに 燃ゆるわが恋

やはらかに 誰が喫みさしし 珈琲ぞ 紫の吐息 ゆるくのぼれる

よき椅子に 黒き猫さへ 来てなげく 初夏晩春の 濃きココアかな

しろがねの 小さき匙もて 蟾蜍 スープ啜るも さみしきがため

干葡萄 ひとり摘み取り かみくだく 食後のほどを おもひさびしむ

カステラの 黄なるやはらみ 新らしき 味ひもよし 春の暮れゆく

昼餐どき はてしさびしさ 春の日も 紅茶のいろに 沈みそめつつ

まひる野の 玉葱の花 紫蘇の花 かろく哀しみ 君とわかるる

いつしかに 春の名残と なりにけり 昆布干場の たんぽぽの花

寝てよめば 黄なる粉つく 小さき字の ロチイなつかし たんぽぽの花

野薊に 触れば指 やや痛し 汐見てあれば すこし眼いたし

和歌と俳句