北原白秋

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悩ましく 廻り梯子を くだりゆく 春の夕の 踊子がむれ

やるせなき 春のワルツの 舞すがた 哀しくるほし 君の踊れる

美くしき さいへかなしく 愚かしき 疲れつくると 踊子踊る

紫の いたましきまで 一人踊る スカートの陰影に 春はくれゆく

ただ飛び跳ね 踊れ踊子 現身の 沓のつまさき 春暮れむとす

たらんてら 踊りつくして 疲れ伏す 深むらさきの びろうどの椅子

あでやかに 踊りつかれし さみしさか 寝椅子に人を 待てるこころか

恋すてふ 浅き浮名も かにかくに 立てばなつかし 白芥子の花

薄青き セルの単衣を つけそめし そのころのごと なつかしきひと

片恋の われかな身かな やはらかに ネルは着れども 物おもへども

わが世さびし 身丈おなじき 茴香も 薄黄に花の 咲きそめにけり

茴香の 花の中ゆき 君の泣く かはたれどきの ここちこそすれ

さしむかひ 二人暮れゆく 夏の日の かはたれの空に の匂へる

かきつばた 男ならずば たをやかに ひとり身投げて 死なましものを

桐の花 ことにかはゆき 半玉の 泣かまほしさに あゆむ雨かな

ほのぼのと 人をたづねて ゆく朝は あかしやの木に ふる雨もがな

蛍飛び 蟾蜍啼くなり おづおづと 忍び逢ふ夜の 薄霧の中

蟾蜍 幽霊のごと 啼けるあり 人よほのかに 歩みかへさめ

ゆくりなく かかるなげきを きくものか 月蒼ざめて 西よりのぼる

烏羽玉の 夜のみそかごと 悲しむと 密かに蟇も 啼けるならじか

宝玉の こよなき心 とり落し よきひと泣けば 蟇もまた啼く

いかばかり 麻の畑の 青き葉の 身には染むらむ 人妻の泣く

人知れず 忍ぶ心は 烏羽玉の 黒き夜のごと かがやきいでぬ

和歌と俳句