かりそめに おん身慕ふと いふ時も よき俳優は 涙ながしぬ
わが愛づる 小さく陋しく いぢらしき 白栗鼠のごと 泣くは誰ぞや
いざやわれ とんぼがへりも してのけむ 涙ながして 君はかなしき
わがどちよ 寂しきどちよ つねに見て 思へばくるし 泣かざれば憂し
寂しさの このもかのもに へりくだり 泣けば心の 響きこゆる
涙して ひとをいたはる よそ人の あつき心を われに持たしめ
つかのまも 君を見ずては 抑えがたき かなしき狐 つきそめにけり
ヒステリーの 冬の発作の さみしさの うす雪となり ふる雨となり
冷やかに 薄き瞼を しばたたく 人にな馴れそ 山の春の鳥
芥子のたね ひとり掌にのせ きらきらと 蒔けば心の 五月忍ばゆ
歎けとて いまはた目白 僧園の 夕べの鐘も 鳴りいでにけむ
春はもや 静こころなし ヒステリーの 人妻の面の さみしきがほど
君見ずば 心地死ぬべし 寝室の 櫻あまりに 白きたそがれ
アーク燈 いとなつかしく 美しき 宝石商の 店に春ゆく
美くしく 小さく冷たき 緑玉 その玉掏らば 哀しからまし
いと憎き 宝石商の 店を出で 泣かむとすれば 雪ふりしきる
温かに 洋傘の尖もて うち散らす 毛莨こそ 春はかなしき
しみじみと 二人泣くべく 椅子の上の 青き蜥蜴を はねのけにけり
定齋の 軋みせはしく 橋わたる 江戸の横網 鶯の啼く
桜、さくら、街のさくらに いと白く 塵埃吹きつけ けふも暮れにけり
鐸鳴らす 路加病院の 遅ざくら 春もいましか をはりなるらむ