北原白秋

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ひとすぢの 香の煙の ふたいろに うちなびきつつ なげくわが恋

あだごころ 君をたのみて 身を滅す 媚薬の風に 吹かれけるかな

哀しくも 君に思はれ この惜しく きよきいのちを 投げやりにする

君と見て 一期の別れ する時も ダリヤは紅し ダリヤは紅し

君がため 一期の迷ひ する時は 身のゆき暮れて 飛ぶここちする

哀しければ 君をこよなく 打擲す あまりにダリヤ 紅く恨めし

紅の 天竺牡丹 ぢつと見て 懐妊りたりと 泣きてけらずや

身の上の 一大事とは なりにけり 紅きダリヤよ 紅きダリヤよ

われら終に 紅きダリヤを 喰ひつくす 虫の群れかと 涙ながすも

鳴きほれて 逃ぐるすべさへ 知らぬ鳥 その鳥のごと 捕へられにけり

かなしきは 人間のみち 牢獄みち 馬車の軋みて ゆく礫道

眼をつぶれど 今も見えたる 草むらの 麦稈帽は 光るなりけり

大空に 圓き日輪 血のごとし 禍つ監獄に われ堕ちてゆく

胸のくるしさ 空地の落日 あかあかと ただかがやけり 胸のくるしさ

まざまざと この黒馬車の かたすみに 身を伏せて君の 泣けるならずや

夕日あかく 馬のしりへの 金網を 透きてじりじり 照りつけにけり

夏祭 わつしよわつしよと かつぎゆく 街の神輿が 遠くきこゆる

泣きそ泣きそ あかき外の面の 軒したの 廻り燈籠に 灯が点きにけり

和歌と俳句