北原白秋

9 10 11 12 13 14 15 16 17 18

ふくらなる 羽毛襟巻のにほひを 新らしむ 十一月の 朝のあひびき

いと長き 街のはづれの 君が住む 三丁目より 冬は来にけむ

しみじみと 人の涙を 流すとき われも泣くかまし 鳥のごとくに

いちはやく 冬のマントを ひきまはし 銀座いそげば ふるかな

電柱の 白き碍子に いと細く 雨はそそげり 冬きたるらし

霊の 薄き瞳を 見るごとし 時雨の朝の 小さき自鳴鐘

なつかしき 憎き女の うしろでを ほのかに見せて 雨のふりいづ

煙草入の 銀のかな具の つめたさが いとど身に染む パチと鳴らせど

夜をこめて 風見のきしり さびしさの 身に染む空と なりにけるかな

さいかちの 青さいかちの 實となりて 鳴りてさやげば 雪ふりきたる

一月や 道化帽子の 色あかき 一寸坊の 小屋に雪ふる

かなしや 雪のふる日も 道化もの もんどりうつと よく馴れにけり

ほこりかに とんぼがへりを してのくる わかき道化に 涙あらすな

夜おそく ひとりひそかに 帰りきて 道化衣装を 脱る男あり

感冒なひきそ 朝は冷たき 鼻の尖 ひとり凍えて 春を待つ間に

寂しさに 赤き硝子を 透かし見つ ちらちらと雪の ふりしきる見ゆ

厨女の 白き前掛 しみじみと 青葱の香の 染みて雪ふる

つつましき 朝の食事に 香をおくる 小雨に濡れし 泊芙藍の花

つや青き 支那の料理人の 面がまへ 憎しとばかり うつ霰かな

腰ひくき 浜のガイドが 襟にさす 温室咲きの花の 色の赤さよ

和歌と俳句