北原白秋

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ゆくりなく 庚申薔薇の 花咲きぬ 君を忘れて 幾年か経し

うらうらと 二人さしより 泣いてゐし その日をいまに なすよしもがな

ただひと目 君を見しゆゑ 三味線の 絃よりほそく 顫ひそめにし

ほれぼれと 君になづきし そのこころ はや裏切りて ゆくゑしらずも

嗅ぎなれし かのおしろいの いや薄く 冷たき情け 忘られなくに

どくだみの 花のにほひを 思ふとき 青みて迫る 君がまなざし

いつとなく 親しむとなく 寄るとなく 馴れし情も 忘られなくに

くちびるの 紅く素顔の いと蒼き 女手品師 君去りにけり

かはたれの しろき露台に 出でて見つ わがおもふ人は いづち去にけむ

仏蘭西の みやび少女が さしかざす 勿忘草の 空いろの花

かなしみは 出窓のごとし 連理草 夜にとりあつめ 微かぜぞ吹く

にほやかに 君がよき夜ぞ ふりそそぐ 白き露台の 矢ぐるまの花

匂よき 宵のロベリヤ 朝の芥子 小窓に据ゑて 忍ぶ日は来ぬ

昨日君が ありしところに いまは赤く 鏡にうつり 虞美人草のさく

煩悩の 赤き花より やはらかに 煙る草生へ 鳩飛びうつる

夕かけて 白き小鳥の ものおもひ 木にとまるこそ さみしかりけれ

空いろの つゆのいのちの それとなく 消なましものを ロベリヤのさく

和歌と俳句