北原白秋

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鰻籠 はぢきれむばかり ゆららゆらら 日をいつぱいに 浴びてけるかも

籠の中に つまる鰻の 底力 うねりやまずも 麗らかなれば

思ひあまり 躍りゆらめく 鰻籠 ぢつと抑ゆる こころなりけり

麗らかや なにか恐れて 鰻の児 籠をするりと 抜けてけるかも

底もせに くれなゐふかき 松葉菊 鰻飛び超え ゆくへ知らずも

麗らかに 鰻探すと 松葉菊 わけて大きな 目を瞠り居り

紅き花を かきわけて見れば 鰻の児 隅にとろりと 居たりけるかも

松葉菊 ふかく紅けば 鰻の児 安心をして 動かざりにけり

花の中に 抑へられたり 鰻の児 命懸けにて 逃げにしものを

寂しさに 海を覗けば あはれあはれ 章魚逃げてゆく 真昼の光

章魚を逃がし 海を覗けば 章魚が歩く ほかに何にも なかりけるかも

海底の 海鼠のそばに 海膽居り そこに日の照る 昼ふかみかも

動かねど をりをり光る 朱海胆 しみらに見れば 歩めりにけり

寂しさに 手足動かす 朱海胆 海胆の上に 重なりにけり

石崖に 子ども七人 腰かけて 河豚を釣り居り 夕焼小焼

二本づつ 鯖を投げ出す 二本の手 そろうて光りて ありにけるかも

桟橋に どかりと一本 大鮪 放り出されて ありたり日暮

しんしんと 夕さりくれば 城ケ島の 魚籠押し流し 汐満ちきたる

舟漕ぎ寄せ 沖の魚籠に ざらにあくる 伊勢蝦赤し 夏の夕ぐれ

わが父を 深く怨むと 鰻籠 蹴りころばして ゐたりけりわれ

櫂おつとり 舟に飛び下り むちやくちやに 漕ぎまはる 赤き赤き夕ぐれ

和歌と俳句