北原白秋

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激しく 空腹じくなりけむ つるみてのち 一心に豚は 草食めりけり

ひとかたまり 豚の児が頭うち振るが 可哀いや 張りつめし母の 八乳房の上に

現身の 泥豚の児が 啼いて居り その泥豚の 児と児重なり

生めよ殖えよ しんじつ食ひ いきいきと 生のいのちに 相触れよ豚よ

五郎作よ しんじつ不愍と 思ふなら 豚を豚として 転がして置け

夕日が赤し 餌をやれ五郎作 けだものは 饑うれば糞も 食はむとするぞ

寂しきにか 豚は豚どち しみじみと 入日に起きて 小便をしぬ

家畜らは 赤くかがやき 照りかへる 世界の中に 照り揺れやまず

片岡に 粟と豆とが 赤ちやけて 深くささやく 熟れにけるかも

穏かに 深く息づく 枝豆に 夕日あかあかと 照りしみやまね

しみじみと 豆をもぎれば 豆の声 夕日照り沁み 秋の丘べに

あかき日の 光の中に 転げ出て 恍れたる豆が 声絶えてゐる

はや秋 深く俯むく 豆畑の 麦稈帽子の 縁の痛さよ

夕日赤し 小犬しみらに 岐れ路の 間の青木に 小便をすも

青木に 犬の小便 したたれり 美くしきかな 小さき青木に

目の前に しんじつかかる 一本の 青木立てりと 知らざりしかな

何といふ 虔ましさぞよ あかあかと 青木一本 日に燃えてゐる

小便して 犬は寂しく 飛びゆけり 火の如く野菜を かきわくる見ゆ

枯草の 籠のなかなる 赤ん坊が 大きなる馬に 乗りてゆきにけり

秋高し くゐいくゐいりりりと 鳴く鳥の 声は野山を けふかけめぐる

和歌と俳句