北原白秋

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小夜ふけて 夜のふけゆけば きりぎりす 黒き花瓶を 啖へるらしも

昼見てし 黒き花瓶の ありどころ あやめもわかぬ 夜の闇の中

小夜ふけて 黒き花瓶の 把手より 幽かに光 さすかとぞ思ふ

天の河 棕梠と棕梠との 間より 幽かに白し 闌けにけらしも

耳澄ませば 闇の夜天を しろしめす 図りしられぬ ものの声すも

棕梠二本 ここの夜天の 吾が声は 幽かなれども 偽れなくに

何物の 澄みて流るる 知らねども ここの夜天の 光ふかしも

あなかしこ 棕梠と棕梠との 間より 閻浮檀金の 月いでにけり

鬱蒼と 楊柳かがやく まさびしき 遠き入江に 日の移るなり

かげ曇る 岸の葉柳 時をりに 深くかがやく なほ堪へられず

漣さざなみ 何が憂しとて 鈍銀に 暗くかげりて また照るものか

千鳥ゐる されどあかるき さざなみの 銀無垢光に 眼も向けられず

水の辺に 光ゆらめく 河やなぎ 木橋わたれば われもゆらめく

橋わたり つくづくおもふ これぞこの いづこより来し 水のながれか

三角と 豆々の葉の 木が二本 舟が一艘 さざなみの列

とま舟の 苫はねのけて 北斎の 爺が顔出す 秋の夕ぐれ

照りかへる 銀のさざなみ 河やなぎ 白き月さへ その上に見ゆ

はろばろに 波かがやけば 堪へがたし ぴんと一匹 釣りにけるかな

銀のごと 時にひろごる 網の目は これ寂寥の 眼なりけり

蘆と蘆 幽かに銀の さざなみを 立ててかこちぬ 今日も暮れぬと

海原の このもかのもの 銀鼠 千々に砕くる かのもこのもに

和歌と俳句