北原白秋

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ライ麦の 畑といはず 崖といはず 落日いつぱいに 滴る赤さ

枯林 炎々たれども 枯林 なにかしら寂し かの枯林

崖下の かの狂人の 一軒家 赤くかがやき かがやきやまず

ライ麦の 青き縞目の 縦横に 赤々し冬の日の沁みてける

赤き日は 人形のごと 鍬をうつ 悲しき男を 照らしつるかも

赤き日に かんかんとうつ 鉦の音 冬の枯野に うつ鉦の音

赤き日に 棕梠の木三本 照り寂し そこの藁屋に うつ鉦の音

鍬打て、日は三角畑の お茶の芽に 赤く反射し かつ照りやまず

赤き日に 黒き刺葉の 沁み揺るる 柊の根を 人うちかへす

大きなる 閻魔の朱面 くわつと照り かがやく寂しき 寂しき畑

畑打てば 閻魔大王 光るなり 枯木二三本に 鴉ちらばり

鍬下ろせば うしろ向かるる 冬の畑 そこに真赤な 閻魔の反射

馬頭観世音の 前を通れば 甘薯畑 盲人こち向け 日が真赤ぞよ

盲人よ盲人 一心に何か 聴きすまし あかあかし顔を 日に向けてゐる

悲しき悲しき 閻魔の反射 畑中に 日が明け日が暮れ 鍬うちやまず

赤き日に 畑打人形が 畑をうつ 畑打人形は 悲しき夫婦

人間の これの夫婦は いと寂し 人まぜもせず 畑うちかへす

人間の これの夫婦は いと寂し たんだ黙つて 畑うちかへす

人間の これの夫婦は いと寂し 時に尻向け 畑うちかへす

涙こぼし 一人うしろを 向いたれば 一人が真赤な 日にうちかへす

時折りに 夫婦向きあひ 畑をうつ 拝む如くに 悲しき人形

大日を 中にころがし 右左 畑打人形は 畑うちかへす

和歌と俳句