北原白秋

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立雲に 雷こもる 傍空 風前しるし ここのまつかぜ

黒南風に かがよふ群の 青杉は 嫩芽ふきたつ 深大寺の森

夏すでに 黝む青葉を 揉みあふる 梅雨の風ふかし 押し移る雲

この庭や 後ろ邃きは 日にさして 枇杷の喬木の 明き實の數

閑かなる 庵やと觀て 仰ぐ眼に まろまろとよし 明る枇杷の實

庭苔の 強き日射を 時隔かず 散らひ舞ひ來る 細き葉や何

花よりは これの一木の 鏡葉の 照りかへし日を 白しとを見る

水冷やき ここのお池の とちかがみ 眺め足らはむ 肘枕して

深大寺 松風ひさし この隠る 黒南風はくらし けだし夜に入らむ

大葉 しろくなだるる 花群は 深大寺出でて 布田へ行く道

鳥居には 一木の木 花さはに 穂に咲き垂れて 代掻きの馬

梅雨の靄 おほに蒸し立つ 日ざかりは くるしかりけり 野に隠りつつ

けけと啼く 夕闇蛙 家垣の 檜葉のしづくか 食らふなるべし

池の下 茅萱うちひたす 出水には 食用蝦蟇か 夜ただ吼ゆらむ

池尻に 食用蝦蟇を 釣ると來て あはれあはれ空し 人かがみをる

老蛙 子の蛙とし 鳴くならし 夏めきにけれや にほふ闇の田

老蛙 田簑著て鳴く 梅雨の田を 子の蛙らは 泳ぎすらむか

むくろじは 花ちりしける 白土に 雀鳴き立つ 梅雨あけの照り

梅雨あがり 代掻きをへし 水の田に 新麥藁の 鳰が映れり

和歌と俳句