北原白秋

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摺餌掻き ただにみ冬を 家ごもり 番ふ鶉を 見て守らすなり

ま寂しき 父と思はめや 日あたりを 鶉見守り ひたぶるに坐す

み冬日は 愛し鶉も のどならず 行きはかよへど よくは番はず

ともり木に 捲毛カナリヤ 聲搖らず 冬をこごえて 眼はあけてをり

おもほえず 父の薄眼の たどたどに 日月も知らず なりまさむとき

日をひと日 夜も乞ひ祷み ひたごころ 守らす我等が 父ここに坐す

愛兒我 などかたゆまむ この父の 夜もおちず通ふ 御聲とほれり

わが歌は わがものならず 祖先神 くだし幸ふ 言霊の搖り

父のこゑ 澄みぬる際や うつばりの 塵ひとつだに 聴きものがさず

魂むすび 父とその子の 相合へば 言には搖らね ただにかなしさ

ほのぼのと おはしませばか 尊くて この頃父の 老のよろしさ

母の國 墨磨川の 水上の 山の井近く しだるゆづり葉

わが母や 學びまさねど 山水の おのづからにし 響きたまへり

わが母は こころ隈なし まさやかに 御眼明らけく 切長くます

わが母は あてに清明し 山の井の 塵ひとつだに とどめたまはず

わが母は よにいさぎよし 高山と たとへて言はば 雪割の花

かがなべて 老の齢の たふとさよ 七十路あまり いよよ七歳

よき翁 父の寂びたる 老樂は 市中ながら 山の手の松

こきなでて ゆたけき父の ましろ髯 いや掻き垂らせ その膝までに

おもほゆれ 相者ならずも 我が父の み命長く 豊に寂びつつ

和歌と俳句