北原白秋

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ここの谷地 冷えはなはだし 夜は起きて 月夜すがらに 雲の行見ゆ

夜に起り 荒く息づく 風音は まがふべきなし 耳を放たず

月の前 おのれ消えつつ 飛ぶ雲の 後來たる間の 空のすずしさ

山蝉か 蓋し魂ぎる 雲いでて ただち梢に ひた明る月

雲迅し 月に逆らふ しばしばも 後夜はあはれに 裏あかりして

おほらかに 本門寺とぞ 讀まれたる 日のくれぐれを 仰ぎゐる我は

本門寺 日の暮れかかる 眞正面は ひろびろとあり 寒き石段

赤松は けだし閑けし つれづれと 惣門を來て はひるこの庭

本門寺 裏の切通しを どらいぶして 松おほき山の 寒きに向ふ

まかがやく 日の位置低し 空は觀て 西かとも思へど 南とも見ゆ

わが來り 片附く水は 池尻の 築石垣の さむき夕波

蚋のむれ 夕日にきほふ しまらくは 赤松の幹も 暮れがたみあり

冬晴の 夕日に照らふ さざら波 洗足の池は 木のまより見む

池の面に 沁みて光るは 丘の家の 硝子戸の冬の日の反射ならむ

ひたおもて 水にかぎろふ 夕光の ひと幅の動き 我にとぞ來る

み冬日や 黒くあらはに 短艇漕ぐ 影二つありて かぎろふ夕波

この池や 廣く明きに 我は見て なにをかも憎む 漕ぎゐる憎む

この軍鶏の 勢へる見れば 頸毛さへ 逆羽はららげり 風に立つ軍鶏

雄の軍鶏は 丈いさぎよし 肩痩せて 立ちそびえたり 光る眼の稜

冬の土に 昂然として 立つ軍鶏の 鶏冠火のごとし 流るる頚羽根

一羽ゐれば 胸高軍鶏の 雄の鶏も 後向けりけり はらめく尾の羽根

軍鶏の立 しづかよと見れ 蹈むただち 蹴爪くひ入る 霜ばしらの土

和歌と俳句