技びとや 技に遊ぶと いにしへは 一生の命 かけて愛惜みき
めだたかる 世々の匠は 言挙げず ただ恍れゐつ その楽しみに
言さやぐ けだし寒けし 匂ふらく 幽けききはぞ 道に哭かしむ
和み魂 楽しみ思へば 苦しくも ただに言はまく 言すらも無し
我敢て 道に言はずも 読み読みて 盲ひしふたつの 眼かくあり
道により 敢て楽しと 言はまくは 楽しびあまり 声泣かむかに
読み読みき 選び選びき ひたむきを 眼は楽しみき 喰ひ入るまでに
観音の 千手の中に 筆もたす み手一つありき 涙す我は
観世音像 千手の指の ことごとに 眼坐しにき 清みかがやかに
紫麿金の 匂おだしき 御座にして 文殊の笑 はてなかるらし
東の 海さしわたる 朝日影 石佛は坐しぬ こよなき目見に
み眼は閉ぢて おはししかなや 面もちの なにか湛へて 匂へる笑を
輝るばかり たわわに匂ふ 雪柳 君が門辺は 寒からなくに
咲きしだり 匂清みゐる 雪柳 ただ白してふ ものにあらなくに
春ふゆべ 眼に白らけゆく 燠の色 もの柔きかなや 火桶かい撫づ
そことなき 春の蚊にすら 聴くものは 愛しかりけり 若葉たをやぐ
水楢の 若葉ほたほたと 雨重り 何ぞここだく 雫線引く
萱の根に 鼠あらはれ 小走りを 此方見しとふ 我も其方見る
糸檜葉に しろくこもらふ 春曇の このかがやきは 底しれぬなり
隣にて 鳴く雛聴けば 群れはしり 眼は開かぬもや 若葉山吹
現身は 春も脊の 経絡に 火をつづらせて 愛しがるなり