北原白秋

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影黝む 照やすからず 夏山の この靄立を 我が眼おとろふ

よく点きて 当りかなしく 柔らかき 艾は妻が 揉むべかるらし

火のうつり 繁にし沁むる 艾には 蓬の汁を 先濡らしてむ

背は向けて 灸こらふる 若葉どき 妻が手触の 繁に来るかも

若葉照り いぶる艾は 押しすゑて 熱き三里が よくきくよくきく

谷地の靄 こむるかぎりは 日の射して 色おぎろなし 若葉かむ蒸す

靄ごめと 香に蒸す緑 くるしくて 蛙は鳴くか 声盛りあがる

おぼほしく 若葉黝ずむ この眺め 梅雨のま待たず 我が眼盲ひむか

若葉靄 けふただならず 爆弾機関銃 漢口の空に 火を噴くとふはや

激しく火を噴き墜つる たまゆらの 機上幾ばくを 眼見すゑし

朝早やも たぎる風呂釜の 湯を浴ぶと ひたかぶる時し 我適きにけり

朝鳥の 声乱れ来る 夏山は 窗ひきあけて ただちすずしさ

山蝉の 翅かがやかす 声聞けば 合歓の若葉か 最もをさなき

陽にまがふ 何かしらけし 眺めには 若葉もわかず えごの鈴花

花しろき えごの木のまを 日ごもりと 手斧は音に 楽しむごとし

女童は 父が人づゑ 蔓薔薇の 白きは見つつ 寄りて言ふかも

女童や 香ふ人づゑ 肩触りて はずむ温みの 艶ひ母めく

女童は 愛し人づゑ 行かしめて 行きつつ父の 笑あかるを

眼に触りて しろく匂ふは 夏薔薇の 揺りやはらかき 空気なるらし

和歌と俳句