和歌と俳句

齋藤茂吉

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あたらしき 時代となりて にひ年の そのあかつきに 濁りあらすな

めぐり来し 年のはじめの いさぎよき 心のまにま しるしとどむる

街頭に きたりてわれは 悲しかり 寫眞ニユースの 一つを見れば

新宿に はやく来れば デパートの ガラス窓のそとに こがらしが吹く

かくのごとく 萬人が萬人 くるしみぬ 西ヨウロツパの 國も然るか

午前二時 飛行機すぐる 音のして われの眠りは やうやく浅し

日々のいのち 淡々として ある時に わがまなかひに 見えくるは何

月山に 雪ふりしより 荒びたる 幾日かありて 春たたむとす

あひともに 人勤むとき 最上川に ひそめる魚も さをどるらむか

蚤のゐぬ 晝の床にて 臥すわれを 幸福の極と みづから言はむか

不可思議の 面もちをして わが孫は わが小便するを つくづくと見る

わが庭の 紅梅の木に 朝まだき 鶯来啼くも あはれならずや

わきいづる 清きながれに 茂りたる 芹をぞたびし 食したまへとて

高山に のぼりしことも ありしかど 年老いていまだ 雷鳥を見ず

まだ止まぬ はだれを見れば 信濃路に 岡麓うし いかにかいます

東京に 帰りて二年に 入らむとす うすくれなゐの 梅咲く見れば

をとめ等が 匂ひさかえて とどまらぬ 銀座を行けど 吾ははなひる

電燈は 今宵もつかねど 不平いふ 暇もなし 忽ちにして床に入る

わが生は かくのごとけむ おのがため 納豆買ひて 歸るゆふぐれ