和歌と俳句

会津八一

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ゆふさればきしのはにふによる蟹のあかきはさみに秋のかぜふく

おほらかにもろ手のゆびをひらかせておほきほとけはあまたらしたり

あまたたびこのひろまへにめぐりきてたちたるわれぞ知るやみほとけ

毘樓博叉まゆねよせたるまなざしをまなこにみつつあきの野をゆく

おほてらのほとけのかぎり灯ともしてよるのみゆきを待つぞゆゆしき

おほてらのにはの幡鉾さよふけてぬひのほとけに露ぞおきにける

ならさかのいしのほとけのおとがひにこさめながるるはるはきにけり

浄るりの名をなつかしみみゆきふるはるのやまべをひとりゆくなり

かれわたる池のおもてのあしのまにかげうちひたしくるる塔かな

毘沙門のふりしころものすそのうらにくれなゐもゆる寶相華かな

はたなかのかれたるしばに立つひとのうごくともなしものもふらしも

はたなかに真日てりたらすひとむらのかれたるくさにたちなげくかな

しぐれのあめいたくなふりそ金堂のはしらのまほそ壁にながれむ

ふるてらのはしらにのこるたび人の名をよみゆけどしるひともなし

ふぢはらのおほききさきをうつしみにあひみるごとくあかきくちびる

からふろの湯げたちまよふゆかのうへにうみにあきたるあかきくちびる

からふろのゆげのおぼろにししむらをひとにすはせしほとけあやしも

たかむらにさしいるる日もうらさびしほとけいまさぬあきしぬのさと

まばらなる竹のかなたのしろかべにしだれてあかきかきの實のかず

あきしぬのみてらをいでてかへりみるいこまがたけにひはおちむとす

まがつみはいまのうつつにありこせど踐みしほとけのゆくへしらずも

ひとりきてかなしむ寺のしろかべに汽車のひびきのゆきかへりつつ

おほてらのまろきはしらの月かげをつちにふみつつものをこそおもへ

せんだんのほとけほのてるともし火のゆららゆららにまつのかぜふく

とこしへにねむりておはせおほてらのいまのすがたにうちなかむよは