和歌と俳句

釈迢空

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海軍中尉三矢五郎氏の心をかなしみて

わたつみの海にいでたる富津の崎 日ねもす まほに霞むしづけさ

そのむくろ覓むと わがいはば、わたなかの八尋さひもち こたへなむかも

うろくづのうきゐる浪になづさひて ありとし君を 人のいがずやも

家のため博士になれと いひおこす親ある身こそ さびしかりけれ

我孫子

道のうへ 小高き岡に男ゐて、なにかもの言ふ。霙ふるゆふべ

野は 昼さへしづまりに、雑木山 あらはに 赤き肌見せてゐる

藪原のくらきに入りて、おのづから まなこさやかに みひらきにけり

心 ふと ものにたゆたひ、耳こらす。椿の下の暗き水おと

霙ふる雑木のなかに、鍬うてる いとど 女夫の唄の かそけき

太秦寺

常磐木のみどりたゆたに、わたつみの太秦寺の昼の しづけさ

二人あることもおぼえず。しんとして いさごのうへに 鵄一羽ゐる

おそろしき しじまなりきな。梢より、はたと 一葉は おちてけるかな

ほれぼれと人にむかへば、昼遠し。寺井のくるま 草ふかく鳴る

まさびしくこもらふ命 草ふかき鐘の音しづみ、行きふりにけり

塩原

馬おひて 那須野の闇にあひし子よ。かの子は、家に還らずあらむ

わがねむる部屋をかこめる 高山の霜をおもひて、燈を消しにけり

神のごと 山は晴れたり。夜もすがら おもひたはれし心ながらに

にはとりの踏みちらしたる芋の莖 泣きつつとるか。山の処女ら

朝日照る山のさびしさ。向つ峰に斧うつをとこ。こちむきてゐよ

かくしつつ、いつまでくだち行く身ぞや。那須野のうねり 遠薄あり