和歌と俳句

釈迢空

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明治43年以前

焚きあまし

竹の葉に 如月の雪ふりおぼれ、明くる光に心いためり

大空のもとにかすみて、あかあかと くれゆく山にむかふ さびしさ

木の葉散るなかにつくりぬ。わが夜牀。うづむはてねと、目をとぢて居り

かれあしに 心しばらくあつまりぬ。みぎはにゐつつ ものをおもへば

ちまたびと ことばかはして行くにさへ 心ゆらぎは すべなきものを

夕波の 佃の島の方とへど、こたへぬ人ぞ、充ち行きにける

さびしげに 経木真田の帽子著て、夕河岸たどる人よ もの言はむ

両国の橋ゆくむれに、われに似て、後姿さびしき人のまじれり

町をゆく心安さもさびしかり。家なる人のうれひに さかる

春の日のかすめる時に、つかれたる目をやしなふと、若草をふむ

戸を出でて、百歩に青き山を見る。日ねもす おもひつかれたる目に

庭のくま ひそやかに鳴く虫あるも、今あぢはへる悔いにしたしき

ひそやかにぬればさびしも。たそがれの窓の夕かげ 月あるに似たり

青やまの草葉のしたに、ながかりし心のすゑも みだれずあらむ

あはれなる後見ゆるかも。朝宮に、祇園をろがむ匂へる処女

ひややけき朝の露原 あしにふみ、なにか えがたきしたごころやむ

京のやま。まどかにはるる見わたしに、なにぞ、涙のやまずながるる

秋の空 神楽个丘の松原の、け近く晴るる見つつさびしき

この道や 蹴上の道。近江へと いやとほどほし。あひがたきかも

しづかなる昼の光りや。清水の地主の花散る径を 来にけり

大空の鳥も あぐみて落ち来たる。広野にをるが、寂しくなりぬ

中学の廊のかはらのふみごこち むかしに似つつ もののすべなさ

雪ふりて昏るる光りの 遠じろに、小竹の祝部のはかどころ見ゆ