和歌と俳句

釈迢空

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出勤前

この日ごろ 心もはらになりにけり。とる箸の色も 目にしみておもほゆ

白飯の湯気立つ 朝の暗けくに、箸をとりつつ あはれ と 言ふも

家の子よ。今日のゆふげは 早く来よ。きそも をととひも 飯冷えて居し

わが家や 朝の飯にも、なまぐさき そへ一くさは 欠かれざりけり

もの忘れ

をとめらと ことどひ羞づること しらず、若き三十は ありにけるかも

いとけなく 我とあそびしをみな子を あはれ と思ふ時は 来にけり

あるき来て、道にたたづみ 思ふことあり。おほきもの忘れを しける我かも

冬来る庭

山茶花のはな散りすぎて、庭のうへに あたる日の色 濃くなりにけり

朝々に来ること遅るる くりやめの 若き怠りは、あはれ と 思ふ

萩は枯れ つぎて、芙蓉も落ちむ と 思ふ 庭土のうへを 掃かせけるかも

庭に掃く 木々の葉音の、つばらかに 今日は、心の かなひゆくかな

羽沢の家

さびしさは、大きむすめを しなせつることを 言ひ出ずなりし 姉かも

大きなる袋を 二つ 積みかさね、遠来しことを 姉は言ひ居り

その面の 青きつやめきを 思ひ居り。国びとのうへを 姉に 聴きつつ

家びとの起ち居とよもす家 はなれ 来し さびしさの 姉と思はむ

弟の家より 家に うつり来しこころは、病みて のどかなるべし

家のうち 昼さへ暗し。寝むさぼる姉のいびきに 怒らじとする

読み書きの 人に劣れる小きをひを、わが前によびて、すわらせにけり

姉の子の二郎をの子よ。睦ましみの 心たもちて、肩うたせ居り

顔色をよく見とる子 と悪めども、叱りがたしも。あはれに思ひて

子らの上に、思ひかかはらず 田舎の家を 姉は言ひ居り。その古家を

亡き娘にかかる話を われはする。うつら病む姉は おどろかねども

この日頃。をとめの如く ほがらかに もの言ふ姉を 安しと思はむ

二郎子を 叱るは 母の心にあらず。語はなやぎ 姉は あらそふ

のどかなるうつけ心を よし と思はむ。うつら病む日を見るは さびしも

わが姉の 心しまりに物縫ひて、ゆふべのまどに、今日は 居にけり

うつら病む姉を ふたたび家に送り、おちつく心 した恥ぢて居り

留守まもる をひのすさびを 叱らむとして、うつけ心の姉に 悔いたり

日のうちに、幾たび 我のあくぶらむ。日ごろの姉の 癖うつりけむ

はらからは はらからゆゑに、似もしなむ。おのものもに 思ひ さびしさ