和歌と俳句

釈迢空

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赤彦の死

山かげの刈り田の藻草、春さむみ、白き根つばらに そなはりにけり

のぼり来て、山葬りどに、額の汗 ひそかにぬぐひ わが居たりけり

いちじるく生きにし人か。風ふきて、山はふりどは、ほこり立ちつつ

かそかなる 生きのなごりを 我は思ふ。亡き人も、よくあらそひにけり

山岸の高処めぐれる 道のうへに、人を悔いやまぬ 我が歩かも

わが友のいまはの面に ひたむかひて、言ふべきことば ありけるものを

山里の古家の喪屋に 人こぞり、おのもおのもの 言のしたしさ

山里の人の 往き来のうつましさ。ここに臥しつつ、ことどひにけむ

ふかぶかと 柩のなかにおちつける 友のあたまの、髪の のびはも

はろばろに 湖を見をろす丘処の家に、こころぐくあり。ささ波の照り

さざれ波 つばらに見ゆる 諏訪の湖。心はつひに、釈けがたきかも

あらそひの心とけずて 死にゆける 友の子にあふ。心親しみ

すこやかに いまだありける 亡き友と われと、かかる夜 茶を飲みて居し

かかる人あり

さびしさを 口にすることなくなりて、ゑまひしづけく もの言ひにけり

思ひつつひとりあらむ と 言ふ人よ。若きはたちの ことばにあらず

あやまたずあらしめし かのをみな子も、かつかづ 我を 忘れゆきけむ

鵠の人々

かしの葉の 掻けば、あとより ふり来たる。その葉 また掻き、わが居りにけり

言あらくあげつらひしが、さびしもよ。このごろ 歌の數へりにけり

よむ歌も よむ歌も 我をおどろかしし わかききほひは、見せずなりたり