和歌と俳句

釈迢空

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邇磨の海 磯に向ひて、ひろき道。をとめ一人を おひこしにけり

磯山の小松が下の 砂の色 著きを見つつ、夕たけにけり

家群なき 邇磨の磯べを 行きし子は、このゆふべ 家に 到りつらむか

ま向ひの 棚田のくろをのぼりつつ 子らの帯見ゆ。赤きその帯

山かげの沼べの草の 春の葉は、芽ぐむとすらし。ま日の しづけさ

み山木の谿きはまれる 山の上に、ひとり 我が坐る ことを思ふも

屋のうへに 声ふえて鳴く 朝鳥のさわぎを 聴けば、ねぶりけらしも

この夜明けて、やがて 曇らふ 野のうへの青みを見つつ、わがあるき居り

日のくもり ゆふべに似たる 野のおもに、色たち来たる 木ばちすの花

あゆみつつ 憂いへむとする 心かも。児湯の山路 ひたに とほれり

ひたぐもる 水のうへかも。鹿児島の町のいらかは、波がくれたり

船のうへに、幾時経たる思ひぞも。日向の海を 岸つきて行くも

曇る日の まひる と思ふ空の色 もの憂き時に、山を見にけり

船のうへに居つつ 思へば、夕まけて 雨にさだまる 空明りはも

ふたたびを み雪いたれる山のはだ いまだ 高ノあるが、さびしさ

まむかひに 穂高个峯の さむけさよ。雪を かうむる 青草のいろ

いにしへや、かかる山路に 行きかねて、寝にけむ人は、ころされにけり

雨霧の ふか山なかに 息づきて、寝るすべなさを 言ひにけらしも

山がはの澱の 水の面の さ青なるに 死にの いまはの 脣 触りにけむ

をとめ子の心 さびしも。清き瀬に 身はながれつつ、人恋ひにけむ

峰々に消ぬ きさらぎの雪のごと 清きうなじを 人くびりけり