和歌と俳句

釈迢空

前のページ<< >>次のページ

柴山の春の芽ぶきの ととのはぬ山に 向へば、風のつめたさ

なじみ深き人多き村に わかれ来るし 心にうつす あゆみなりけり

深山木の 冬のしげりの 深き山。ただひと木ある花の かそけさ

秋深く 穂に立ちがたき山の田に、はたらきびとら おり行きにけり

朝さめて あまた冱えゐる山の家。きその夜更けて 宿こひにしか

庭土にあたる日寒し。朝おそく 寂けき村を たち行くかむとす

はまなすの赤き つぶら実をとりためて、手に持ち剰り━、せむすべ知らず

ひねもす 磯静かなる道を来ぬ。うしほ沁み入る 沙のうへの色

ひたくだりに 敦賀へ向ふ汽車のなか。春山とどろく音を 聴くなり

昼山の あまり明るきしづけさを見つつ のどかに ならむとするも

目の下に 遠蒼海のひらけ来る━いとゆくりなき 旅のあはれさ

花見びとの 行きあふ音の絶えしのち 心の人を なげかむとすも

吉野山 桜がこずゑひと列に 見つつ思へば、年へだたりぬ

うつそみの 人を思へり。咽喉ゑごきしはぶきしきる━こゑひそめつつ

めぐりつつ 十年来むかふこの夏の からき暑さに、身はよわり居り

吹き過ぐる風をしおぼゆ。あなあはれ 葛の花散るところ なりけり

ひたすらに霞むゆふべか。はろばろに この村はなれ なほ行かむとす

外つ海に 夕さりつのる荒汐の 音のさびしさ。山に向き行く

いただきに吹かれて居たり。風の音や 空にこもりて、響かざるらし

夏山の青草のうへを行く風の たまさかにして、かそけきものを

盆荒れの海にむかへる崎の町 遠ひとごゑは、寺山のうへ

鹿籠の 枕崎に来て、ゆふべなり。屋並みにつたふ汐騒の 音