柴山の春の芽ぶきの ととのはぬ山に 向へば、風のつめたさ
なじみ深き人多き村に わかれ来るし 心にうつす あゆみなりけり
深山木の 冬のしげりの 深き山。ただひと木ある花の かそけさ
秋深く 穂に立ちがたき山の田に、はたらきびとら おり行きにけり
朝さめて あまた冱えゐる山の家。きその夜更けて 宿こひにしか
庭土にあたる日寒し。朝おそく 寂けき村を たち行くかむとす
はまなすの赤き つぶら実をとりためて、手に持ち剰り━、せむすべ知らず
ひねもす 磯静かなる道を来ぬ。うしほ沁み入る 沙のうへの色
ひたくだりに 敦賀へ向ふ汽車のなか。春山とどろく音を 聴くなり
昼山の あまり明るきしづけさを見つつ のどかに ならむとするも
目の下に 遠蒼海のひらけ来る━いとゆくりなき 旅のあはれさ
花見びとの 行きあふ音の絶えしのち 心の人を なげかむとすも
吉野山 桜がこずゑひと列に 見つつ思へば、年へだたりぬ
うつそみの 人を思へり。咽喉ゑごきしはぶきしきる━こゑひそめつつ
めぐりつつ 十年来むかふこの夏の からき暑さに、身はよわり居り
吹き過ぐる風をしおぼゆ。あなあはれ 葛の花散るところ なりけり
ひたすらに霞むゆふべか。はろばろに この村はなれ なほ行かむとす
外つ海に 夕さりつのる荒汐の 音のさびしさ。山に向き行く
いただきに吹かれて居たり。風の音や 空にこもりて、響かざるらし
夏山の青草のうへを行く風の たまさかにして、かそけきものを
盆荒れの海にむかへる崎の町 遠ひとごゑは、寺山のうへ
鹿籠の 枕崎に来て、ゆふべなり。屋並みにつたふ汐騒の 音