和歌と俳句

釈迢空

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この夏の 暑さ烈しく 萩 芙蓉の 咲く時過ぎて、旅立たむとす

猿个石川に ひたすら沿ひのぼり、水上ふかきたぎちを 見たり

みちのくの 幾重かなさる荒山の あらくれ土も、芝をかづけり

山なかは 賑はへど、音澄みにけり。遠野の町にあがる 花火

峠三つ 越ゆる道なり。昼たけて、県巫の馬を 追ひこしにけり

日のうちに 山いくつ越ゆる旅ごころ まれに行きあふ人に もの言ふはず

みちのくの 九戸の町に やどりつつ、この夜すごさむ━。心たらひに

みちのくの 九戸の町の霧朝に、聴きわきがたき 人の声ごゑ

山深き家にやどりて、心疼し。さはしくはたらく 家むすめかも

青山と 高断り岸の 彼方は波━。村あればかならず 汽車とまるなり

ほのぼのと 霞みて見ゆる山郷は、夕映えふかし。幾すぢの丘根

山霧の降り来る村に 昼早く宿とりて、屋庭見てまはるなり

元日の山に 消えゆく暫らくは、鉄砲のおとも かそけく 思ほゆ

山里は 年暖かく暮れにけり。歳木樵り積む 庭雪のうへ

ほのかなる人のけはひか。背戸山ゆ 庭におり立つ藁沓の おと

山里の 隣りといふも沢向井ひ、遠き屋庭に 日のけぶる 見ゆ

はろばろに 散りぼふ家居 霞むなり。こなた 山かげ。山びとの庭

忘れつつ、音吹き起る山おろしに、のほひそやかに散る 花あり