ひとり神我を おふしし我が姉の、言ひし語こそ かそけかりけれ
父母の生せるのあらず。はじめより 嫻ふことなし。ひとりの我は
ひとり神我を おふしし我が姉や━━、父母の子と 生ひにけらしも
堅凝りの凍土 踏み荒し ほころへど、姉が手離れ いまだ寝なくに
さびしさも 言ふこと知らぬいにしへの 幾代の人の 心泣きけむ
おぼろ夜と 更けゆく卯月望の夜の空に、ひびきて渡る 鳥の群れ
この夜や 臥つつ謡へる苅萱の唄は、嫗も さびしかるらし
夜のくだち 起きよと言へば起きにけり。家嫗をば 町につかはす
わが家に 住みし年月を 思ふらむ。庭の日なたに 出でて居る姥
死にゆけば すなはちとほし。しみしみに 姉のおもわの 思ひ難しも
くちをしく 日ごろをあれば、袖乞ひの昔をどりを 呼びて来させつ
いにしへの無慙法師の旅ごころを をどる男は、汗をかきたり
袖乞ひの踊りたのしさ。あまりにも たのしくあるを あやしまむとす
おもしろくして すなはち さびし 古踊り━━。見れば、うつつの悲しまるなり
病人をひたすらもれば、くちをしき人のふるまひを ゆるさむとする
ものくるる都びとと われを見るならし。路に群れ来る子らに 向き居り
ひたぶるに 物喰うはせよと かくの如ちひさき者も、我をあなどる
くさむらの草の伏せるを 見て居たり。みづからは 行きて寝むと思はず
ほつほつと てんたう虫のならび居る さるとりばらの茎の しづけさ
草の葉に てんたう虫の居る音も、かそけき山の音に 立ちつつ
自動車のほこりをあびて いこひつつ、萱草の花を つかみひしげり
肉屋の小僧に対きて、言荒くいひて 怒りを買はむ心あり