和歌と俳句

釈迢空

前のページ<< >>次のページ

夕まけて 寒き湯村か。傘さして 貧しき軒を 見てまはるなり

湯気こもり 小雨落ち来る谷の入り。湯をもむ唄の ひとつに響く

悔いつつも なほ人事にかかづらひ、山のそよぎを聞けば、おもほゆ

朝暗く たぎちの音を聞きにけり。ひたすら過ぐる 深き瀬の 音

山中ゆ出で来るし人の 我に言ふすべなきことを 何とこたへむ

空清き 閏七月望過ぎの暁の道を 寂しまむとす

松山に 夜の道白くとほりたり。十七夜月 峰にこもれり

東京に帰らむと思ふ ひたごころ。山萩原に地伝ふ 風音

高千穂の山ふところは、きのふけふ 湯がさ増しつつ 秋づきにけり

釜無の峡の村より のぼり来し校長ひとり 夜深く 対す

二貫目の鰻を売りて 何せむに━━。峠を 諏訪へ還る人かも

自動車のほこり みじかく道に立ち、たちまち遠し。昼山ぐもりに

月々の給与に代る畑つ物の ことしの出来は、わらひ難しも

年どしに 暮しあやぶき村に来て、なほおほよそに もの言はむとす

霜庭を踏みて来ぬらし けたたましき鶏を叱りて 縁より落す

ひたごころ 落ちつかむとす 夜ふけて 旅役者のむれ来て 泊り合ふ

元日の夜と なりにけり。大阪のらぢお聞え来る時 待ちて居り