和歌と俳句

釈迢空

前のページ<< >>次のページ

除夜の鐘なりしづまりぬ。かそかなるそよぎをおぼゆ。かど松のうれに

子どもらのばくち 見て居たりけり。銀座の春の のどけさにして

かそかなる睦月の 山の昼曇り。ひたすら聞ゆ。枯れ原の おと

萱がくれ 低き祠は、洗ひ米 霰の如く散りて 凍れる

ほのぼのと 夜明くる山に人行きて、大き声する 何の声ぞも

ま昼間の風 吹きとほる山の頂曲。雪に埋るる梢のみ 見ゆ

村幾つ 音する方へ足向ふ。さびしき春の 心なぐさに

ひと日 吹きくらしけり━━風の音。睦月二日も たそがれにけり

山びとは 夜々ひたぶるに奏すぶなり。睦月祭りの奏び馴らしに

鳥の鳴く 冬山多く越え来たり、奥山青く 雪なきを見つ

寒のうちに、かく 暖かし。雨ふりて 今宵も既く 雪となりなむ

つくづくに 酬いは薄く事しげき 生を経ることに、思ひ飽かむとす

ある人は うから病ひのみな癒えて、たのしむ時を 銭へりにけり

をみな子の病ひと言へど、かくばかりすべなきことに、死なしめむとす

勿死にそや 妻よと言へど、目をあきて言ふこともなき顔の しづけさ

ひたぶるに 妻をかなしとすることも、この頃 飽きて、人老いにけり

ひるがほの花 今日ひと日萎れねば、山の雨気に 汗かきて居り

湯の村に人みちみちて あはれなり。をとめは寝らむ。納屋のうへにも

この山や 山のさちさち満ち足りて、山葡萄かづら み湯ながら喰む

山なかや 町手踊りの噂する人 過ぎ行きて、あはれに聞ゆ