和歌と俳句

釈迢空

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わが来たり 久しく起きてゐる家の 夜はのあかりにむきて、思へり

いにしへびと 我に言ふことのあはれなれど、この人さへや 我をあざむく

へつらひを人に言はれて さびしけくなり来る心 せむすべもなし

あきらめて応へて居たり。いにしへの知れる人すら へつらひを言ふ

塩尻の駅家を出でて 槻の木の一むら紅葉の村に、向き行く

よき人も かくし 静かけくなりにけり。卒塔婆のままの墓の上の 霜

冬早く到れる 村の墓林。人居近くて もの音聞ゆ

草かげや━━槻の紅葉を踏み入りて、水むけの具の清きに かなしむ

藪原を深く入り来て、この村の昔の人の 白き骨を 踏む

このあした 睡りまなこを据ゑをりて、身にまとひ来る蠅を 憎めり

深々と 湯川に浸り居りにけり。あまたを振りて 虻を逐ふなり

時おきて 膚により来る虻ひとつ 力をこめて 叩き殺せり

谷林に そうそうと音は来たれども、昼山おろし 雨をまじへず

沢なかに湯花かきつつ遊ぶ子に、声かけとほる。互に ひとり

夕ぐれて、湯に引く川の細き瀬は けむり立て居り。ところどころに

湯量増す 萱原なかの湯の末は、おほむね 道にあふれ居りにけり

湯のうへに立ちつつわれは 山のいとどの わづかにうつるふるまひを 見つ

夏にして 朝宵冷ゆる山の土に、はららに出でて飛ぶ虫 あはれ

土のうへに掘り並べたる筍は、とりつつ見れば 指ばかりなる

萱原のうへに のび出でし一むらの 山萩の枝の、なまめくを 見つ