和歌と俳句

釈迢空

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久高なる 島の青年の言ひしこと さびしき時は、思ほえにけり

久高より還り来りて、ただひとり思ひしことは、人にたからず

東京のよき唄をひとつ教へねと 島びとは言ふ。礼深く来て

はろばろとなりゆくものか。伊平屋島 後地の山は、前島の空に

遠ざかり来て、阿旦の藪に降る雨の音を思へり。島は昏れつつ

波の音暮れて ひそけし。火を消ちて 我はくだれり。百按司の墓

島山の 春閑かなる日を経るれど、春唄うたふ乞食に あはず

国頭の山の桜の緋に咲きて、さびしき春も 深みゆくなり

山菅の かれにし後に残る子の ひとり生ひつつ、人を哭くかしむ

柏崎の町見えわたり 長浜の草色とまじる 海人の茅屋根

崎山の篠も 薄も臥しみだれ、海風 ひたとおだやむ夕

崖したに 干潟ひろがり物もなし。ひそけきゆふべ 浪のよる音

静かなる夕さり深き浪のおも━━。海より風の吹く 音もなき

寒ざむと 佐渡に向ひて波ひろし。ひたすら 海の色さだまりぬ

かたよりて 雲の明りの なほ著き海阪につきて、佐渡 低くあり

越後路を北に進みて 雪浅し。浦々 火ともす 庄内に入る

寝台の寒暖計ののぼり来る このせつなさに堪へて 寝むとす