木下利玄

料理屋の二階の灯かげ三味の音寒月の下にいたくさびしも

鍬いれし畑のいく畝くろぐろと遠夕星の下に暮れをり

曇り空さむき空気の冴えよどみ白菊の光澤を抑へたるかも

磐床のくぼみにそめるたまり水冬蒼空のさかさまにうつる

石見潟荒磯吹く風へうへうと真向よりわが歩みをはばむ

海峡の落潮疾し市はてて寒くむなしき市場より見ゆ

下の関も門司も夕さりどよめけるさ中に疾き瀬戸の落潮

尖ほそき冬木の小枝大そらの蒼きにとがり日にてらひたり

麦畑に冬木の小禽身をほそめとびくだりたる捷き羽ばたき

峰上なるかれ草原に夕づく日あかくたもたれかげりおそしも

昼すぎて日の目に遠き懸崖に仰げばさむき羊歯の簇り

峡ふかく光乏しもたたへてる湿りに飽きて羊歯はゆるがず

朝じめり藪のに接骨木芽はおほく皮ぬぎてをりねむごろに見む

にはとこの芽のひろげもつ対生の柔かき葉に風感じをり

夕風のつめたく触るるにはとこの芽のそよぎまさにさやけし

どんよりと春日かすめり桃畑の土のかわきに枝かげ淡く

鍬の刃の土間の石に或はふれ畑のかわきに春日あつしも

かがまりてわが息づかひしたしもよ菖蒲の花のかさなりて見ゆ

花菖蒲かたき莟は粉しろしはつはつ見ゆる濃むらさきはも

遠足の小学生徒有頂天に大手ふりふり往来とほる

子供等は列をはみ出しわき見をしさざめきやめずひきゐられて行く

いとし子を焼場へやると親さびて好みし着物をきせにけるかも

黒塗のあやしき車吾子のせて山へ山へと行きにけらずや

冬の夜の東京駅に骨つぼの白き包もち下り立ちにけり

二歳にて失せたる兄の傍に一歳の妹を葬りけるはや

和歌と俳句