木下利玄

牛祭の宵更けそめて地靄下りふところ手する肌の小ぬくさ

寺庭の篝のめぐり夜さむ靄あをみたる見え祭もはてつ

日の出前厚くつもれる雪に向き部屋の障子の明かるしづもり

枸杞の芽の一夜の伸びをのびてゐる青芽つやつや春の朝冷ゆ

木苺の下向く花に頬よせて嗅げばほのけき香に匂ひゐる

春山の八幡宮は松風や日ねもすならしこの人気なさ

春日てる大御堂が谷に入りくれば麦畑の鶫殖林へとびぬ

歩き来て北条氏果てし巖穴のひややけきからに古おもほゆ

春山を汗ばみ上れり里わには青麦畑に風ひかる見ゆ

青草に夏日照り澄みひろびろと裾野傾けりそのかたむきを

裾野木原葉のかさなりを深く徹る日にをちこちの草光あり

地をこめてただよひ動く霧の脚麓の傾斜の熔岩濡らす

山へとどく朝日のいろの黄いろきに虎杖の葉のいや緑なり

冬丘のゆるき斜面の桃畑交れる枝みなあかみをもてり

二三里の冬田越しに見ゆ枯芝に夕陽のあたるわかくさ山

目路さむき冬田向うの山もとに夕陽を浴びたる大佛殿の屋根

奈良山の夕陽見てをり目路ひろき冬田にのぞみてこの丘さむき

寺庭に夕静あゆみさむけきに目にとめて見つ白き山茶花

しづかにてくらくなりきつ顔つめたく寺庭歩くに山茶花の白き

埴岡を時雨にいゆく道のべにくれなゐきはまるぬるでの紅葉

近づきてつくづくあふぐ千年経て今日の時雨にぬれゐる塔を

岡もとの白埴きよみ千年経し三重の塔の立ちのさやけさ

岡本の白埴浄しこの此処にいにしへ人の寺いとなみし

前に堂横に塔あり埴白き境内われ等を容れてしづもる

法隆寺村は埴土しろみ夕時雨駅まで遠し田圃の畷

和歌と俳句