木下利玄

汽車のろく裾山ぞひを行くなべに手のとどくところにも丹躑躅咲ける

葉ざくらよ雨間の雫地をうてり花どき過ぎてかくはしづけき

おく山はこのおそ春も冷ゆるなり残れる櫻に霧のつゆ凝る

みよしののうら谷さむく霧しまき繁み立つ杉の梢こぞり鳴る

岨みちの折りためゆきしかば手つめたしも山のさ霧に

行列を待つ人垣の前通る娘は羞ぢらひて丹の頬てらへり

まなかひの葵うるさみ首ふれるの馬がこぽこぽとほる

装束に昼の日映えて祭人われ等も前をしとしと通る

花傘をはこべる人は力み居りゆさゆさ搖れて花傘が来る

ひろ前の神事のさなか垣外なる駒いななけり厳かしきかも

楢の木の若葉柔かみ午すぎの日を透しつつしなえたるかも

温み風搖れざわめける高き枝に榎の木の花の咲きにてあらずや

休みてゐる祭の列に午すぎの賀茂の長堤風埃せり

この都にほへる花とさかえけむ代に逢へるごとき葵祭かも

みちのべの崖の細瀧おちきたる力に打たす我が掌を

朝暑くのぼる道けはし日でり空笹生の山の向うに立てり

日ざかりの高原ひろみところどころ草の葉かへり鶯きこゆ

岩が根の清水のみ足らひ羊歯の葉にしぶきをかけて猶しいこふも

峰の上笹生に通へる道筋のまぶしさ消えて雲のかげとほる

頂上の笹生が中に曝れくちて丸木の鳥居の立ちのさびしさ

峰の上笹生にくもる真昼の日かなかな高鳴く間近き谷に

太子前の電車を下りて太秦の夜寒をゆけば蟲すだくなり

秋の夜の戸外をさむけみ着物重ね祭の人出にまじる親しさ

寺庭の篝のあかりとどきゆき夜目に青しも高樹の枝葉

圓くなれる廣場の群集に篝映り今夜の神事のいやまちがたき

和歌と俳句