屠蘇すこしすぎぬと云ひてわがかけし羽織のしたの人うつくしき
申すことおはせど春に若狭よりと人の文きてこの年くれぬ
されば君梅はつめたき花の名よ恋は名にあらずなさけと聞きし
おぼろげによわきなさけを知りそめて春の夕戸と恋ふる身となりぬ
かへるさの百二十里は寒かりき箱根の雪のうれのみか君
京の子は舞のころもを我にきせぬ北山おろし雪になる朝
君によりて初めて聞きぬ石狩に熊のむれ見し木がらしの歌
芙蓉をばきのふ植うべき花とおもひ今日はこの世の花ならず思ふ
われひそかに栄ある花とたのみしも芙蓉はもろし水にくだけぬ
おもひでの多きを誇る秋ならずつめたかり白芙蓉の花
有常が妻わかれせしくだりよみて涙せきあへず伊勢物語
梅が香に人なつかしきこのごろとわれまづかきぬ京へやる文
をさな髪ひとの洗ひしところとて水きよかりき旭川の秋
しら梅の夕のしづく苔にしみてふとさめまさむ夢ならばとも
せめてこれ御魂やすめんひとつなり親の御墓に手をとりてこし
秋かぜにふさはしき名をまゐらせむそぞろ心の乱れ髪の君
あな寒むとたださりげなく云ひさして我を見ざりし乱れ髪の君
人ふたりましろきつばさ生ふと見し百合の園生の夢なつかしき
しら梅の雪のしづくと君いふか皆くれなゐの涙とおもふに
をとうとの雪のうさぎにまなこつくと南天とりし岡崎の庭
蓮しろきおばしま近く師にはべりうすき月夜を歌乞ひまつる
同宿に窪田通治の歌をめでて泣く人みたり浪速江の秋
もみぢ葉を誰の血潮といひさして古井の水をうかがひし人
山の岩に野ずゑの水にさきなれて花つめたきは梅のさがなり
うまれながら林檎このまぬ君と聞きて今得ん恋の末あやぶみぬ