堀江より朝潮満ちに寄る木屑貝にありせばつとにせましを
見わたせば向つ峰の上の花にほひ照りて立てるは愛しき誰が妻
海原に霞たなびき鶴が音の悲しき宵は国辺し思ほゆ
家思ふと寐を寝ず居れば鶴が鳴く葦辺も見えず春の霞に
家人の斎へにかあらむ平けゆく船出はしぬと親に申さね
み空行く雲も使と人は言へど家づと遣らむたづき知らずも
家づとに貝ぞ拾へる浜波はいやしくしくに高く寄すれど
島蔭に我が船泊てて告げ遣らむ使をなみや恋ひつつ行かむ
ひばり上がる春へとさやになりぬれば都も見えず霞たなびく
ふふめりし花の初めに来し我れや散りなむ後に都へ行かむ
ひさかたの雨は降りしくなでしこがいや初花に恋しき我が背
うぐひすの声は過ぎぬと思へどもしみにし心なほ恋ひにけり
わが背子がやどのなでしこ散らめやも初花に咲きは増すとも
うるはしみ我が思ふ君はなでしこが花になそへて見れど飽かぬかも
秋風の吹き扱き敷ける花の庭清き月夜に見れど飽かぬかも
住吉の浜松が根の下延へて我が見る小野の草な刈りそね
堀江漕ぐ伊豆手の舟の楫つくめ音しば立ちぬ水脈早みかも
堀江より水脈さかのぼる楫の音の間なくぞ奈良は恋しかりける
舟競ふ堀江の川の水際に来居つつ鳴くは都鳥かも
ほととぎすまづ来鳴く朝明いかにせば我が門過ぎじ語り継ぐまで
ほととぎす懸けつつ君が松蔭に紐解き放くる月近づきぬ