和歌と俳句

桂信子

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溶くる落つる霰を月照らす

手拭は乾かず夜のつもる

冬の畳起ちても塀が見ゆるのみ

ひとごゑのなかのひと日の風邪ごもり

風邪の袂白きをあはす逢はんとて

眼帯や街に二月の風荒き

眼帯に二月の塀の屹立す

眼帯や片目の街の冬ざるる

若からぬ寡婦となりつつ毛糸編む

見んと眉毛をながく母きたる

の昼はるかなる水汲みにゆく

春潮をみて来ていつか風邪ごこち

春の夕日見馴れし家の窓照らす

さくら咲き去年とおなじ着物着る

げんげ野を眺めて居れど夫はなし

永き日の寡婦にびつしり竹ならぶ

蟻ひとつころせばあたり何もなし

菓子つまむ蟻ころしたる指をもて

あやめ咲きひとりでわたる丸木橋

膝の砂あやめの水に払ひけり

あやめ咲きつぎをあてたる足袋をはく

藤の下犬無造作に通りけり

藤の下赤犬藤をしらずゆく

緑蔭に赤犬を見てすぐ忘る

青蛙はるかにはるかに街が倒れ

梅雨の月てらすは樹下の魚の骨

老母点す梅雨の月より暗き灯を

かはほりや池にうつれる母の顔

炎天や手鏡きのふ破れて無し

蜂の縞ありありと海しづかなる

蜂死ねりうねりにうねる海の碧

昼あつく蚊帳吊る紐を垂らしたり

髪黒き男が飼ふやきりぎりす

ゆるやかに着てひとと逢ふの夜

母の髪染めて黒しや秋の陽

螳螂にかゞめば膝の夕陽かな

萩の葉のこまかきにわが脛入るる

乳首より出づるものなし萩枯るる

指硬く組めり秋夜を組むほかなき

なくや小暗き部屋の隅の母

十六夜の黒からぬ髪梳り

月光のつきぬけてくる樹の匂ひ

月の夜の枕ひきよせ寝るほかなき

独り寝のひくき枕やちちろ鳴く

亡父に似るおもざしにてらさるる

ひとりとてひとり歩める月の街

犬しばしかゞめり月のまがりかど

やはらかき身を月光の中に容れ