和歌と俳句

桂信子

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ないてふとくづをるるこゝろかな

なくや夜ごとつめたき膝がしら

の中むなしさのみぞつきまとふ

もの縫ひて夜は夜の憂ひ木の実降る

白菊や一天の光あつめたる

眩しみて白菊の辺に撮られたる

まつさをき穹にくひこみ銀杏の木

白菊に起ち居しづかな日を重ね

野分中相ふれてゆくひとの肩

に燿る陽はかげりきて海に燿る

ひそかに潰え海鳴りはげしき日

の色脳裏に荒れし海を見る

熟柿落ち飼猫ひそかなる歩み

寒木やガラスのごとき硬き空

寒木のさきざきに雲なびきをり

窓のよりそふひともなかりけり

寒の星忘れゐし「死」にゆきあたる

河耀りて翼おもたき寒がらす

寒がらすこゑごゑさむく木隠れぬ

笹鳴や母のやつれは言ふまじく

梅かをり女ひとりの鏡冴ゆ

雛の灯や憂ひなかりし日のことなど

雛の灯に近く独りの影法師

雛の日の哀愁いつの年よりか

わが憂ひつゝむに馴れて雛まつる

部屋部屋のうすくらがりや沈丁花

菜の花に裏戸はいつも明けはなたれ

わが影の起き伏し庭に散りて

灯れば寂かさのまゝ燿るりんご

りんご掌にこの情念を如何せむ

春燈のもと愕然と孤独なる

散るさくら孤独はいまにはじまらず

心、日に疲れしづかに見る木の芽

木の芽憂しひそかにひとを恋ふことも

葉桜の夕べかならず風さわぐ

うつむきてゆきもどる日々雲雀鳴く

雲雀鳴く夕空仰ぐこともなし

蟻ころす馴るるといふは侘びしきこと

雨雲のましたあやめの色の濃さ

雨雲やとがりてうすきあやめの葉

足垂れてあやめの水を濁しけり

あやめの辺束ねて軽き洗ひ髪

髪うすく幸うすくまたあやめ咲く

牡丹生けてうすき蒲団に臥たりけり

黒衣着て五月の窓に倚らむとす

ひそかなる恋そのままに梅雨に入る

梅雨の窓電柱いつも月隠す

梅雨昏し死魚洗はるるを見下せる

梅雨ひと日にんげんの声のがれたし

わが黒衣かけしひと日の梅雨の壁