和歌と俳句

上村占魚

1 2 3 4 5 6 7 8 9

風の日や木の芽の枝の浮きしづみ

春寒の十日の月をかゝげたる

かしづくと書きそへもあり花便り

いつやらもこの日のごとくとぶ

夏空の下美しき故山あり

すずし焦土の中の畠づくり

老いましゝ父のみまへの裸かな

戦へる中のひとつに動く

戦は夕焼くる野に泣きて終ふ

笊の魚まだ生きてをり秋の雨

秋雨に家をさがしに来て泊る

ながれこむに藁屋の戸を下す

鶏頭燃ゆ去年の想ひに似つかずも

の庭子の寝しあとの子守唄

もろこしをたうべ歌稿に眼はなさず

秋の燈にちさき文字ゆゑ読めざりき

ひとたびは高くも舞へり秋の蝶

またしても日は昃りきぬ高音

曇る日の川をへだてゝ芒原

夕焼の瓦冷えびえ波をたゝみ

川に出て舟あり乗りて秋惜む

空ッ風上州の山きそひ立つ

ひねもすの時雨をめでて妻とある

かへるさの燈ともし頃を時雨けり

毛糸編む紅のジャケツの子が紅を

いまは居ず暫く毛糸編みゐしが

水かげは美男蔓の葉にも照る

落葉焚くばかりに落葉もられある

枯蔓の螺旋描けるところあり

ピアノ鳴るうかれ落葉の風に舞ふ

炉話の夜な夜な親し雪来る

書く筆の凍てつゝ思ひはこびつゝ

灯を消して障子にはかに雪明り

旅の夜の湯ざめ早しと思ひつゝ

枯草の身にこたへなく踏みて佇つ

この道の枯木も家もおぼえあり

旅かなしは木立の根方にも

書を読んで寒しといひて温泉に来る

時雨るるとおもひ下げ来し傘ひらく

家までのかへり路時雨あまたたび

思ひ出のそれのみにある春を待つ

今の我僧のこころに青き踏む

さびしさと春の寒さとあるばかり

このあたり貝塚つづき蕗の薹

子らをつかのま摘んでかへりゆく

黄塵の疾風の中の梅白し

この部屋に春の火鉢のあれば寄る

常に濃き君がひとみに春燈

春燈のその一方に髪を梳く

種子買うてみて蒔く畠とてもなく