和歌と俳句

加藤楸邨

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枯萩は伐りて音なし君いかに

その行方言はねば霜夜いさぎよし

悴みし日の紺絣なつかしき

霜柱踏み折るごとく世を経にし

冴えかへり思ふに君が遺書なりし

あふぐ征かぬ大学生ふたり

旅ゆくや人はいくさに雁は雲

野を焼く火嫁ぐ子その父も見たりけむ

残雪や雲に消えゆく伊賀の道

雨つのる伊賀の李の昔かな

雷の丘も過ぎゆく野焼火

や華厳の苑のみな無言

春寒の刀は鳴らさずつかがしら

静かなる囀よりも目の遠さ

啓蟄や雲のあなたの春の雲

麦青む 新薬師寺へ径いくつ

猫柳奈良も果なる築地越し

啓蟄や雲を指すなる仏の手

啓蟄や指反りかへる憤怒仏

草萌ゆる憤怒の目路の千余年

啓蟄やに嘴摺る大鴉

菩提樹の実や春寒き石に落つ

いんげんの蔓が出そめて初蛙

初蛙蕗のそよぎのおのづから

笹鳴や海への道のひくれどき