北原白秋

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風前に 朝居るしるき 積雲の 下空あをみ 今朝はすずしさ

無線塔 うつろふ雲の 騒立てば 眼にとめて涼し 秋來りけり

油熬る 蝉の鋭聲は 繁ながら 立秋を今日を 涼しくおもほゆ

垣くぐる 尾長の猫の 子を連れて ほそり目に立つ 桔梗の花

互生葉の 樗の瑞枝 風立ちて その涼しさは かぎりなく見ゆ

藤の葉に とほる日ざしの すずしきは 樗の葉分く 風そよぐなり

ひらひらと 風に吹かるる 黄の揚羽蝶 立秋も今日は 二日過ぎたり

電柱に 裏吹かれゐる 蝉の翅の 飛び立つと見れば 鋭聲斷れたり

晝さなか 駈足の兵 續きゐて キヤベツ畠の 白緑の風

白みどり よく植ゑ竝めし 葱の秀を 蜻蛉は飛べり 迅きその翅

角畑や 茗荷にあかる 西の日の 黄にかなしければ 我は觀るなり

木下道 夕日さし入り 流れたり 亂れ立つ蝶の 何に驚く

丈ひくき 向日葵童子 うちならび 直に射す日に 面あげて佇つ

日に向ふ 向日葵童子 前なるが いといと小さし 面直にあげぬ

日のさかり 草堤來る 聲はして よく聴きてゐれば 我が名指しをる

我が家言ふ 行きずり人の 聲高を ひそみゐにけり 暑き日なかを

照りいづる 月は魚眼の ごとくなり 吹きながす雲 よろしき水脈立

照り強し 月の面を 撲つ雲の 眼には裏べを 立ちのぼりつつ

月夜なり 低くかぐろき 丘の脊を ふきあがる雲ぞ 絶えずかがやく

芋の葉の 聚落を見れば 月夜には 面照りあかり 人ら立つかに

和歌と俳句