北原白秋

57 58 59 60 61 62 63 64 65 66

晝の野に 子らと出て來て かへり見る 我家にしあれや 白木槿の花

野に見つつ 閑かなりけり 我家や 上のてすりに 毛布干したる

秋の田の 早稲田の畔を ゆく童 ふたり見えつつ 彼方指しをる

事もなき 秋の眞晝や 穂に垂りて 早穂田の美稲 色づきにけり

眺めつつ 閑けかるかな 夏過ぎて おほかたの色は 秋に入りたり

田のあなた 新墾道の 砂利道も 閑けかりけり 秋正午過ぎ

穂の薄 光るあたりに 眼は向けて 何かをさなき 聲も聴きをり

根くづ焚く 火は燃えながら 掻きほけて 土ばかりなる 何も無き畑

根くづたく 畠の火立 色見えて うちいぶる末は しろく棚曳く

きちかうの 表見せたる 花ふたつ 薄とりそへ 妻がたしなみ

赤人の ゆたに坐らす 像見れば ほれぼれとよし 眺めたまへり

父われは ピアノの陰に かき坐り 言黙しをり 子らぞたたける

在るべくて 在るべかりしに このピアノ やうやうにして 室に光りぬ

秋まひる 野には火花の 發つ見えて 機関銃の音の たたたとびけり

赤き旗 稗の穂向に しきり振り とどとかなしも 駈けきたる兵

秋の日の 空氣ほがらに 駈けのぼる 兵あらはなり 浄水場の道

假想敵 ひたにし晝を こもらへば 孟宗むらも かなしかるべし

うち透り 休戦喇叭 鳴れりけり こちごちの野も 吹きつぎてあはれ

楚立つ 古木の梅に ふる雨の あかつきの雨の 寒くしぶけり

朝寒と 小雨ながらふ この空や 立枝の楚 さ青に見えつつ

いち早く 諸葉ふるひし 梅が枝に 雀がとまり 雨のコスモス

黄の粟の いとど蒸したる 女郎花も 時過ぎにけり 雨しげくふり

朝ぐもり ラヂオの塔の 先わたる 小鳥かぎりなし なだれ落ちゆく

和歌と俳句