北原白秋

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誘蛾燈 しろくかかぐる 家のあたり 秋雨の中に なにか狂へる

鈴の音の 草堤來る 夜の雨間 灯をあかくつけて 胸とどろ居る

ラヂオ研究所 灯を消しにけり うしろ立つ 照明迅く 鐵塔は見ゆ

大藏の原 目にただひとつ 頼む灯の 明かりしかば 遂に消しにけり

常の夜も 谷地は暗きに 灯を消して 物のこごしく いよよけぶかさ

ここの谷 灯かげ全く無し 消し棄てに ふたたびと點けず いねにたるらし

砧村 燈火管制の 時過ぎて 月明らけし 高槻がうへに

隈ふかく 過がふ夜霧を 照る月の いよよさやかに 高しらしつつ

ふかき霧 しきりむらだつ 夜あけがた 月は黒檜の あまた照らしぬ

早や早やと あかつきの闇に しぐれゐる 蝉のこゑごゑも をはりに近し

玻璃戸透き 山茶花あかく 見えにけり 咲きにけるかと 眺めつつ今朝は

株まろき 細葉つつじの 霜凍に ここだくづれし さざんくわの花

葉牡丹の 冬によろしき 株立は 紫ふかし 葉をかさねつつ

妻よ子よ われら富みたり 置き足らふ 葉牡丹の霜に われら富みたり

灯映や 家の夜寒を つくづくと うづむく鴨の 竝びみじろぐ

三田土の 凍きびしかも 夫鳥の 雄鴨死にせり 雌の鴨もいづれ

童言ふ 雌鴨かなしも これをかも 長々し夜を ひとりかも寝む

朝明待たず 終夜うづくみ 死鳥の 雄鴨がそばに 雌鴨斃れぬ

下總や 千葉の水沼に なげかひし 愛し野鴨を 家に死なしつ

和歌と俳句