北原白秋

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草土手や 月にそがひて ゆく我の 影がひとりなり 袖をふりをる

垂りくらき 孟宗の上に 在る月の 十六夜の光 風にはららく

ちよろろと 光る水あり 草深に 田をめぐり來て 月の夜愛し

地下水の 響くをきけば 月かげや 鋼管の蓋に 聚まり光れり

風道の 光すがしき 鴨萱は 月前に見て 跳ぶべかりけり

狭霧たつ 窪田のわきの 草土手も 月夜ふけたり 竹煮草の花

うちかがむ 毛の柔ものの 黒きかげ 葱はかがよふ 月夜落窪

照りつよく 孟宗の上に 立つ光 十七夜の月に われは正面向く

十七夜の 月かすめ飛ぶ 雲さへや 立つ秋風と 繁にし白し

稲びかり しきりひらめく 棚雲の 上の空晴れて 秋は來にけり

旱天 夜も火氣だちて いちじるき 横雲の上に 蠍座が見ゆ

十七夜の 月惜みをれば おどろしく しろき巨き雲の 亂れ立ち蔽ふ

野に向ふ 我が家の網戸 灯の點けば さうさうとして 羽蟲來襲ふ

黄金蟲 うなり飛び來る この夜ごろ 雲は蒸しかへし 夕凪暑し

黄金蟲 網戸うちたたく 音きけば すさまじきかなや 灯に狂ひける

黄金蟲 銃丸と來て 亂れふり この朝見れば なべて死ににけり

黄金蟲 朝なさな掃き 亡骸の 艶ふかきから 瓶につめつつ

晝寝ざめ 日の照る方に うち見やる 往還の埃 とほくひもじさ

晝寝ざめ まだうつつなし ながめゐて しらしら照りの をとこへしの花

いつしかと 夏も去ぬらし この眞晝 雨はげしけれど 遠空あをし

白雨の 霧立ちのぼる ゆふつかた 孟宗むらは 燈火早し

和歌と俳句